菊芋の歴史

菊芋の歴史

菊芋の原産地は北アメリカで、当時の原住民トピナンブ 族(アメリカインディアン)が昔から食糧として利用してきました。

それが1600年代にヨーロッパ各地へ伝えられ、栽培野菜として普及しました。トピナンブ族由来の野菜ということで、欧米ではトピナンバー、トピナブールの名で呼ばれる他、カナダポテト、エルサレム・アーティーチョークといった俗称でも親しまれています。

日本に初めて菊芋が入ってきたのは、幕末から明治の初め頃といわれています。当初は、他のイモ類に比べて、嗜好的に劣ることから、主に冬の保存食、漬物にして食べられてきました。その菊芋が食糧として注目を浴びたのは第二次世界大戦直後のことです。

戦後の食糧難の中で、「作付統制野菜」に指定され、国民の飢えをしのぐ貴重な食料となりました。しかし、食生活が豊かになるにつれて、菊芋は日本の食卓から姿を消していきました。

一方、欧米では日本同様、戦争などの有事の際の非常食として利用され、兵士の傷の回復に菊芋の摂取が役立ったという話も伝えられています。またイタリアでは胃の調子を整えたり、冬場の栄養食として珍重されたほか、便通対策や肌のトラブル対策に活用されてきました。現在は、欧米はもとより、日本でも菊芋の成分が注目されています。